言霊学入門

1. 言霊(げんれい ※1)学とは

言霊学とは何かを、一言で言い表すことは難しい。あえて言うならば、人間が知覚できる言語(会話や文字)の状態になる以前の様子を「言霊」とし、それを捉えんとする学問である。言霊が姿や形をもって立ち現われるのではなく、言霊は姿や形を与えるものである。言霊の文字に「霊(むすひ)」という字が使われているのもそのためである。


※1 一般に言霊は、「ことだま」又は「ことたま」と呼ばれる。しかし、言霊学においては、言霊は「げんれい」と呼ばれたためそれにならう。




2、知覚可能言語(音、文字)

人間の器官の一つである声帯を使って、音として出てきたものが声であり、人類が直立二足歩行をすることで自在に使えるようになった両手で書くことにより出てきたものが文字である。では言霊は、人間が知覚できる言語(会話や文字)の状態になる以前の様子であるから、声、文字が生まれる以前に存在していたはずである。それは、人類が言語を獲得した何千年、何万年といった進化とは比べものにはならないほど前からあるものであり、人類や生命の起源にまでさかのぼることができるはずである。地球、太陽系、銀河系、大宇宙といった次元での進化とともに、言霊も進化してきたのかもしれない。会話や文字は、そのような過程を経て進化してきた言霊と人類の進化の証である声帯や両手が結ばれることによって、立ち現われたのである。これは、人類における精子と卵子が一点で瞬間的に結ばれることで、生命が誕生する奇跡のような出来事の連続であったのかもしれない。

 



3、脳に備わる言語フィルター(五十音図)、哲学者チョムスキー

言霊学では、日本語における五十音は、自然界における五十の音からヒントを得て、さらに、その五十の音を母音・父韻・子音(※2)に分類することで、文字の体系を完成させたものであると言われている。整然と配列されたこの言語体系はとても美しい。仏教芸術としての曼荼羅のような、一種の芸術作品とでも言えよう。この五十音図は日本語を話すものには先天的に備わっているものと考えられている。アメリカの哲学者チョムスキーの「生成文法」もこの考えに近いのかもしれない。人間には、先天的に絶対音感ならぬ絶対語感が備わってあるということだろう。


2 言霊学においては、言語学上の「子音」を「父韻」と呼ぶ。また、「子音」と「母音」が合わさった音を、「子音」と呼び、子音は、父韻と母音の結びによる創造とされる。 


例)言語学 T(子音)+あ(母音)=た / 言霊学 T(父韻)+あ(母音)=た(子音) 



4、自然と人工の中間にいる人類、人文科学と自然科学の統合

自然の音を参考にし、人類の長年の努力、進化によって創られ、刻み込まれたといえる五十音図。そこに、自然界の働きである言霊が付与されることで、言語としての効果を初めて発揮することが出来る。人類の生きる領域は、自然の世界と人工の世界の中間領域である。そのような世界に住む人類に出来ることは、仏師が仏像に息吹を吹き込むように、自然世界の領域である言霊を人工世界の領域である五十音図に結びつけることである。言霊学が、人文科学の領域と自然科学の領域をまたぐことになる理由もここにある。

 



5、自然科学領域、ゼノンのパラドックス「アキレウスと亀」「飛ぶ矢は動かず」

言霊を科学するということは、言葉や音として出てくる前の様子を観察することである。言語が発せられる寸前の脳内にあるものが言霊でありこの部分が言霊学における学問領域である。したがって当然、脳の構造やメカニズム、細胞やDNA、さらに、地球や宇宙といったレベルから、素粒子にまで観察の対象は膨らむことになる。まさに、自然科学そのものである。

五十音は日本人誰もが脳の中に備えた言語フィルターのようなものである。脳内に飛び交っている言語の素、言霊は、ある一瞬のタイミングでそのフィルターを通過する。それにより、言霊から言語という姿や形あるものに生まれ変わることができる。その言語を声帯を使って音にすることで会話を楽しむことができ、また、手を使い書くことで文字として残すことができる。

音や文字を使って言霊を表現しようとしても、対象が音や文字になる前の状態である以上、的確に表現することは難しい。これは、過去に打ち立てられた数々の哲学において、ゼノンの「アキレスと亀」を代表とするようなパラドックスが必ず生じることと同じである。所詮、人類のすることに完璧はないということなのだろう。しかし、人類の完璧を求めて、追及する姿勢は美しく、言霊学においてもこの姿勢を変えることはない。



6、立体を平面で表現する難しさ、哲学者ベルクソン「純粋持続」

例えば、自然界の音を「♪」という記号と音譜で分類、体系化した西洋の音楽。一方、音を「あ」「た」「か」といった記号と音図で分類、体系化した日本語。両方とも、自然界からヒントを得て、人類にとって理解できるような体系、利用できるような体系に変えてきた歴史があって生まれたものである。自然界の中の多次元で立体的な対象を記号や文字といった平面的なもので表現したものともいえる。しかし、自然に存在するものは、すべて曲線であり、立体的である。したがって、立体を平面で現すと、必ず破れが生じてしまう。また平面で現すと時間をある一点で止めることにもなり、生物において言えば、時間の止まった死んだ状態と言えるだろう。したがって、平面では本質を言い表しきれない何かが残ってしまう。フランスの哲学者ベルクソンのいう「純粋持続」という概念はまさにこのことを言っていたのである。


時間を止めた平面は、死んでいるのかもしれないが、その平面で切り取られた一面を、視点を変えながら二面、三面と増やしていくことで多面体となり、最終的に元の姿であろう立体的な球(たま)に近づいていく。地球が地の球(たま)であるように、言霊は言の霊(たま)である。ここで出てくる「たま」とは、言い変えれば宇宙とも言える。宇宙の中の「地」が地球、宇宙の中の「言」が言霊となる。したがって言霊を理解するには、その大本である宇宙を理解することである。

 



7、量子の振る舞いと言霊

科学はまさに、宇宙の謎を解くための学問であった。ギリシャの時代に天空を眺め森羅万象の働きを観察した賢人たちが、その運用法則を知るためにはじめた試みが科学の始まりであったともいえる。現代、その試みは素粒子物理学の発展により、宇宙創造の瞬間から、38万年経過した「宇宙の晴れ上がり」、そして銀河の生成、新星の誕生と爆発の繰り返し、太陽系の生成、人類の誕生までという137億年のマクロ宇宙の歴史を解明するに至った。137億年のマクロ宇宙の解明は、同時共時にニュートン力学やアインシュタインの相対性理論のパラダイムを超えた11次元の時空間のミクロ宇宙における素粒子の自由自在な振る舞いの解明へと相転移した。それは「電子や光子などの素粒子が、まるで意志があるかのように振る舞う」という、私たちの日常の感覚とかけ離れた摩訶不思議な世界像の解明でもあった。そして、この摩訶不思議な世界像の解明は、言霊の運用法則の解明への道と一致することをここに述べておきたい。




8、真空と言霊

例えば、真空というものについて。真空とは何もない空間とイメージしがちだが、何もないということは、エネルギーもゼロであると確定することを意味する。しかし、量子論では何もないという状態を認めていないため、哲学的な意味での「無」や「ゼロ」は物理的にはありえないことになる。

そこで量子論では、真空は何もない空間ではなく、いたるところで粒子と反粒子が対生成すると考えた。この状態を「真空の揺らぎ」と呼んだ。真空は完全な「無」ではなく、粒子と反粒子が存在する「有」と「有」の間を揺らいでいるのでいるということだ。物理学者ハロルド・パソフ博士は、この真空のことを「ゼロ・ポイント・フィールド」と定義した。

そして、このありようは、言霊学における、布斗麻邇(ふとまに)の働きそのものである。

 

 

9.対称性の自発的破れと言霊

一方で、このように真空から生じた素粒子が対消滅によってすぐに消えてしまうのでは、物質の創造が起こらないのではないか、という疑問が生じる。この問いに答えるのが、2008年にノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学名誉教授・南部陽一郎氏であり、南部陽一郎氏は「対称性の自発的な破れ」の理論を提唱し、2012年に「神の粒子」として発見されたヒッグス粒子の存在を予言した。ヒッグス粒子の発見により、宇宙誕生時にビッグバンの大爆発によって生み出された大量の素粒子がどのようなプロセスを経て「質量」を獲得し、宇宙森羅万象を創造する物質に相転移したかが解明された。この「対称性の自発的破れ」によって、素粒子が物質に相転移していくさまは、言霊の産霊(むすひ)のはたらきによって、対称性が破れ、言語が生まれていくさまと一致する。また、神道では、創造・維持・帰趨が中今(なかいま)で瞬間、瞬間に起きていると考える。そのことは言霊の働きを体感することで自ずから理解される。そして、そのありようは現在の量子論における対生成(創造)・対消滅(帰趨)ととても近い。


 

10.これまでの言霊学の歩みを振り返る

言霊学は、これまで時の国学者や神道家によって研究されてきた。その道は、万葉の時代に少なくとも歩みを見ることができ、そこから脈々と受け継がれてきたものである。明治期以後は、天皇、皇后両陛下の言霊学研究のお相手を勤めた書道家、山腰弘道氏から、山腰明將氏、小笠原孝次氏、七沢賢治氏と、さまざまな困難を乗り越えながらその教えが受け継がれてきた。


明治期以降の言霊学は古事記解読に始まったといえる。古事記には言霊五十音の秘密が隠されており、その謎を先人たちが解明した。故小笠原孝次氏は、その成果を「言霊百神」としてまとめられた。(言霊百神では、言霊の運用法則を解き明かすとともに、古事記に登場する最初の五十神は、日本語の五十音と対応していることを詳解している。)


そして、現代、科学は目覚ましい進歩を遂げ、著名な理論物理学者リサ・ランドール氏によりパラレルワールドの存在まで明かされつつある。言霊学は今こそ科学と統合することで大きな飛躍を遂げる段階に来ている。『今後、「言霊」というものを万人に受け入れてもらい、理解してもらう為には、「言霊」というものを最先端の自然科学的な分析によって実証しなければならない』と故小笠原孝次氏は言っていた。我々の試みは、言霊学の師たちの意志によるものであり、また、今という時代だからできることなのである。

 

 

11.LOGOSOLOGY(ロゴソロジー)へのいざない

言霊学は、ここまで見てきたような発展を遂げている。そして、さらに、今までの言霊学の枠組みにとらわれることなく、森羅万象を統合する学問として、言霊学を礎にして科学と統合する中で構築されたのが「LOGOSOLOGY(ロゴソロジー)」である。LOGOSOLOGYは、主客二元論、アナログとデジタル、唯物論と唯心論の対立、私と他者のコミュニケーションの問題等、すべての現代社会の問題を引き起こしているともいえる2項対立構造を統合させ学問として望む者すべてに提供される。その統合は、日本の叡智である産霊(むすひ)の働きによって行われるものである。

Photograph © MINORU ICHIGE